就活での学歴差別が許せない人へ

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○大人のルール―誰も教えてくれなかった 著:中谷彰宏

努力していない人ほど、「不公平だ」、「納得できない」と言う。「不公平だ」、「納得できない」、「理不尽だ」と、文句を言う人がいます。一方で、そういう文句を言わない人たちがいます。言わない人たちの共通点は、努力していることです。本来は、努力している人が努力の報われない時に、「納得行かない」、「不公平だ」と、言うはずです。ちっとも努力していない人が、「不公平だ」と言うのは、おかしいのです。

納得いかない、理不尽だと感じる人は、まだ努力が足りないのです。(中略)「自分ではそこその努力しているつもりなんです」と言う人は、少しはやっているという気持ちで自分自身を許しているのです。努力している人は、そこそこの努力では止まりません。そこそこの努力を本気で始めたら、120%の努力になっていきます。努力は、し始めると加速していくものです。そこそこの努力だと自己分析するのは、謙遜でもなんでもありません。これからやろうとする気持ちがあるだけで、実際には努力をしていないのです。

(本書p24-25)

努力をしてきたことはやはり裏切らない

就職活動において、「学歴の差別がある」と聞いたらどう思うでしょうか?「許せない」「もっとその人の内面をしっかり見るべき」なんていうように思われる方も多いかもしれません。良い学校に入るということだけで判断されるのは確かにおかしいかもしれませんが、間違いなく努力をどれだけしてきたかの一つの指標になっていることは間違いありません。なので、今は昔ほど学歴で完全に分けるような採用はしていませんが、採用担当者が一様にして、「やはり良い大学から良い学生が出現する確率は高い」と言っているのは間違いないことです。

変えられるのは自分だけ。そして変えられるのは今から。

でも、そんなことを受けて、「僕/私は良い大学に行っていないからダメだ」なんていうことを思う必要は全くありません。いわゆる有名大学ではない学生が良いところに内定する事例をいくつも知っているし、何より世の中の創業社長の出身校と有名大学との相関関係はありません。そういった人たちに共通することは何か?それは、やはり努力を本気でしているかどうかなんだと思います。

世の中はもとより、自分の周りを変えることは出来ません。変えられるのは自分だけです。

キヨカワ

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